(e)merging.
A Third 
Wave Feminist Page

(e)merging. 第1回 (07/10/98)

第3次フェミニズムとは?

テキスト:

Macska, Living in Postmodernity: The Third Wave Feminism and the Identity of Desire (1998, unpublished)

Macska, Third Wave Feminism Explained! (2000)

「第3次フェミニズム」といっても、聞いた事がある人は少ないでしょう。 でも、少しフェミニズムについて知っている人なら、以前に「第1次」と「第2次」があった事はご存じだと思います。 「(e)merging.」を読むくらいの人なら、多少はフェミニズムに対する知識があるのではないかと思いますが、ここでは「第1次」から簡単にまとめた上で「第3次」の特徴を述べたいと思います。

が、その前にまず注意を。 まず、現在第3次についての研究は始まったばかりで、第1次・第2次ほどに既に受け入れられている学説は存在しません。 ですから、以下に書く事は私の説なので、それが全てだと思わないで欲しいという事(まぁ、これは第3次の話に限らず当り前の事ですが)。 次に、私が主に研究課題としているのはアメリカのフェミニズムなので、その辺り偏った話になるという事。 日本の書籍などで、第3次的な物がありましたら、ぜひメールで紹介してくださるようお願いします。

さらにもう1つ注意しておきたいのが、私は「第3次フェミニズム」を基本的に「若い人(だいたい35歳以下を考えていますが、個人差アリ)によるフェミニズム」と考えています。 このページで私が「第3次はこうである」みたいな事を言う事がありますが、これは「こういう考えの人が第3次である」という定義の話ではなく、単に「第3次と呼ばれる人の間ではこういう考え方をする人が多い」という傾向を話しているに過ぎないので、それからはみ出る第3次フェミニストがいてもいいのです。

だったらなぜそもそも「第3次は〜」みたいな話をするか疑問に思われるかも知れませんが、これは政治的に仕方がないんですね。第2次フェミニストの多くは「第3次」の存在すら認めていませんが、私はそうした姿勢が若い女性をフェミニズムから離反させていると考えるので、なんとしても「第3次」の存在を認めさせたいし、そのためにはどうしても「第2次に比べて第3次はこうである」みたいな物言いが必要になってしまうのです。 また、「ここが新しい」的な主張をする事で、既に「フェミニズム」という言葉に偏見を持っている人にもちょっと目を向けてもらえるのではないかと思います。

では、始めましょう。

第3次と言うからには、第1次と第2次もありました。 第1次が150年前のセネカ・フォールズに始まる女性公民権運動ですが、これは次第に参政権獲得運動という1つの課題に集中する事になり、さまざまな苦労の上1920年代にアメリカ合衆国憲法の修正に成功しますが、同時に世間の関心が大恐慌と後の世界大戦に移って、フェミニズムは一旦終結します。 その後、40年間に渡って目だった活動はなく、第1次の功績はしばらく歴史に埋もれる事になります。

次の第2次が、50年代終盤に始まり、70年代前半に最盛期を迎える女性解放運動です。 アメリカでは58年に出版されたBetty Friedanの「Feminine Mystique」に始まるリベラル・フェミニズムと、59年のアトランティック・シティでのミス・アメリカ・コンテストに対する抗議運動に始まるラディカル・フェミニズムが第2次フェミニズムの両輪として活動しました。 第2次は第1次に比べて非常に多様な分派ができ、社会主義フェミニズムやレズビアン・フェミニズムのような独自の活動も広がりました。

さて、この第2次が終わったと私が考えているのが、ERA(男女平等を定める憲法修正案)を求める運動が失敗に終わった83年です。 時を同じくしてアカデミアでもポストモダニズムが爆発的に流行し、フェミニズムは古い考えとされてしまいます。 レーガンという保守主義の大統領の元、アメリカの社会政策は後退を続け、第2次フェミニストの多くは80年代を闇の時代と考えています。

この時代のフェミニズムの弱体化を説明するのに、Susan Faludiは本のタイトルとなった「バックラッシュ(反動)」(1991)という言葉を使いますが、これは単に男性が女性を抑圧しているという単純なモデルではないんですね。 そうではなく、女性が男性優位の価値観を内部化した事がバックラッシュの正体である、とし、Faludiの批判は後期ラディカルフェミニズムに向かいます。 同時期のNaomi Wolf「The Beauty Myth」(1992)でも、「ダイエットに励む女性はマインドコントロールされたカルト信者と同じ」といった具合に同じモチーフが繰り返されます。

ところが、「第3次」にとっては80年代は単に闇の時代ではないんですね。 女性の大学進学率がはじめて男性を追い抜いたのは80年代だし、この80年代当初、同じ仕事をしても男性の6割しか稼いでいなかった女性の賃金が、男性の7割をはるかに超えたのもこの時代だったんです。 だから、70年代の高揚の後から来た第3次の世代にとっては、80年代はただ単に闇だった訳ではなくて、70年代に運動で勝ち取った新しい力をどこまで使えるか実験してみた時代だったんです。 その時代認識がまず全然違う。 これは、どうしようもない世代間の感覚の差です。

ではその実験の結果がどうなったかというと、その答えを出してくれたのがArlie Hochschildの「The Second Shift」(1989)です。 彼女の報告によると、女性がキャリアを持つのは確かに可能になったが、代わりに家事の分担が減った訳でもなく、女性の機会拡大のおかげでかえって役割が増えてしまったというのですね。 かといって、会社で男と同等の評価を受けられるかというとそういう訳でもありません。 表だった差別が減っている代わりに、差別構造は下に潜って見えにくくなりました。 今の若い女性はちゃんとこれを分かっていますから、それを引き起こした古い世代のフェミニズムから一歩引いてしまうのは、まぁ当然すぎるほど当然だと思うのです。

この事から第3次フェミニズムが学んだ事は、より複雑となる権力構造と戦うには、旧来のリベラルフェミニズムもラディカルフェミニズムももはや不十分であるという事です。 これは今後、Ellen Neuborneの「Imagine My Surprise」(1995)辺りを通して「(e)merging.」で解説しますが、それら古いフェミニズムを超えた、新しいフェミニズムを作らなければならない、という認識が生まれたのですね。 その方向性として私が気付いた共通項を以下に挙げてみます。

(1)多様性の積極的肯定

以前のフェミニズムでは、「女性であること」を重視するあまり女性の間の多様性を軽視してきました。 「女性は等しくジェンダーによって抑圧されている」と主張する以上、「女性」という集団は性染色体以上の共通項を持っていると仮定されなければならず、Audre Lordeやbell hooksらの多様性との共存を要求する声は、結局「女性の多様性を容認する」以上の物にはならなかったと考えます。

第3次フェミニズムでは、ただ単に多様性を容認するのではなく積極的に多様性を肯定する戦略を取ります。 「すべての女性」という概念が取り払われ、「自分はこう思う」という観点が重視されるようになるのですが、これによって複雑な問題を単純な問題に矮小する事を避ける事ができ、また他の集団との課題別連帯も可能となったのです。

(2)「自分らしさ」「正直さ」への肯定

第3次の世代の女性の多くは、フェミニストの母親や教師の「こうあって欲しい」という期待の中で育てられてきました。 ところが、彼女たちの「期待」の多くが、「差別や偏見のため自分にはできなかった事を、この子にはぜひ実現させて欲しい」という一種の投射だったのですね。 昔なら親の希望は男の子に投射されていたのですが、女性の機会が非常に少なかった時代に育った母親や教師がこうした事を女の子に投射するのは自然な事かも知れません。

ところが、その子が「本当の自分」を探し出す頃になると、こうした期待が負担となります。 機会が広がったとはいえ、有形無形の差別や偏見はまだしぶとく残っていて、いくら期待されても超えられない壁がある事に多くの女性は気付くのです。 女の子に対するそうした過度の期待を息苦しく感じる若い女性が、「男権社会によって構築された女性」と同時に「フェミニストによって構築された女性」にも反発した先にたどり着いたのが、「自分らしさ」なんですね。

だから、第3次フェミニズムでは「自分らしさ」を疑う姿勢は滅多に見られません。 これは、「マインドコントロールによって女性は自分自身の考えを持っていない」というFaludiやWolfの前提だけでなく、「異性間恋愛において、女性はセクシャリティの主体とはなりえない」とする急進的ラディカルフェミニストとも正面から対立します。

「(e)merging.」第0回のLisa Palacもそうした立場のフェミニストですし、そのうち登場を予定しているJean Mocha Herrup、Donna MinkowitzらはPalacよりさらに過激な「ラディカルフェミニズム的良識からの逸脱」を果たします。 「本当の自分らしさ」を、「女性はこうあるべきだ」「フェミニストはこうあるべきだ」といった外部の規律より常に優先する点は、ほとんど全ての第3次フェミニストに共通しています。 そして、それは決してエゴイズムによる物ではなくて、ただひたすら「自分自身に正直になりたい」事から起きるのです。

(3)政治活動としての「生きること」

多様性を肯定し、「自分らしさ」を肯定する第3次フェミニズムでは、第2次のような統一的で大規模なデモ行進などは期待できません。 これは、「女」というカテゴリが一枚岩でないという現実を受け入れた以上仕方の無い事です。 そうした現実から、課題別連帯による社会運動に期待する声はJudith Butlerなど多いですが、これも今の所あまり成功したとは言えないでしょう。

では、フェミニズムは政治活動をしなくなってしまったのかというと、それは違うというのが私の説なんです。 というのも、第3次フェミニストにとって「政治活動すること」とは「生きること」そのものなんですね。 これは、第2次フェミニズムが「政治的なこと」を「個人的なこと」に重ね合せたのに似ていますが、第3次では「政治的なこと」に「個人的なこと」を従わせるのを拒否して、逆に「個人的なこと」を追及する事自体を「政治的なこと」とするのです。 「女性であること」が統一的運動のベースにならない現在、厳しい現実の中を精一杯自分らしく生きることが十分政治的なのです。 第3次フェミニズムは「こう生きればよい」というお手本を提供しようとしません。

(4)全般的回答の拒否

第2次フェミニズムは「女性」を基本的に同質的な集団と仮定したため、すべての女性が受け入れるべき全般的な回答を探ろうとしました。 初期リベラルフェミニズムの「女性は主婦にならずに仕事に就くべきだ」に始まり、社会主義フェミニズムの社会主義革命論や母体否定論、ラディカルフェミニズムの女性中心主義やレズビアニズムの分離論など、第2次フェミニズムの理論家は「すべての女性が○○するべきだ」という全般的な回答を求めました。

が、これは「自分らしさ」の尊重とも重なるのですが、第3次フェミニズムはこのような全般的な回答を求めようとはしません。 現実は非常に複雑であり、女性のおかれた環境が多様である以上、すべての女性に通用する「答え」はないと始めから考えているのです。 このような全般的回答の拒否も第3次フェミニズムの大きな特徴です。

以上が私の分析ですが、いかがでしょうか? これらは「第3次」の論理をたどる上での一種のフレームワークとして書きましたので、今すぐピンと来なくても構いません。 次回から続々と第3次フェミニストの主張を紹介していくので、上に挙げた分析は賛成するなり反対するなり自由にご利用ください。

ただ私が思うのは、「フェミニスト」を自称しない多くの若い女性の中には、上のように再定義をすれば「それなら私もフェミニストかも」という人も多いのではないかという事です。 私が「第3次」の存在に興味を持つのは、現在のフェミニズムのリーダーたちが「第3次」の存在を否定し続ける事でこうした潜在的な第3次フェミニストをわざわざ遠ざけているのではないかという思いがあるからなのです。

2002年の言い訳

うわー、かなり恥ずかしいです。 これ書いた当時はサード・ウェーブというだけでパンチ力があって、かなり安易に書いているというか、安易に書きつつも現実は安易でないという事を承知で書いたつもりだったんですけど、2000年ころからアメリカでは本当にただ安易なだけの自称「第3波フェミニズム」が氾濫するようになっています。 近いうち第3波の定義など書き直しますので、この文章は98年時点に書かれたモノであるという点をご了承ください。


コラムの一覧を見る

『(e)merging.』編集部にメールを送る

最初のページに戻る

Copyright (c) 2000 Macska.org
E-mail: emerging@macska.org